ツールド沖縄85km奮戦記

 レースの直前にボクの後ろでチューブが弾ける音が。可哀想に、と思いながら後ろを振り返ると空気が抜けていくのは僕のタイヤではないですか。
 限られた時間内にタイヤを交換し、携帯用ポンプで充分な空気圧を満たせるとは思えない。終わった、走ることすら出来ずに・・・。
 殆んど頭が真っ白になりながら、軽蔑と同情が入り混じった冷たいまなざしを激しく浴びながら自転車を路肩に移動させる。着脱が比較的楽なEVO−CXを履いていたので、もしかしたら・・・、すがるような気持ちでチューブを換えホイールにタイヤをはめ込んでいく。
 昨日からお世話になりっぱなしのノムさんが高級バイクをほったらかしてパンク修理を手伝ってくれる。さらに、傍にいた人が後ろにメカニックカーが待機しているのを発見し大型ポンプをゲット!というわけで、何んとかレースに参加することが出来たのでした。

 このトラブルの影響で最後列からのスタートになってしまったけど仕方がない。走れるだけで良しとしなければ。

 ゆっくりと集団が動き始める。小さなコブを登ってから下り基調の海岸ロードを駆け抜けていくのだが、コブの頂上からみると先頭集団は既に1km先を走っているような感じ。一瞬だけでもレースに参加したい!という思いで、ここはもうペースを無視してペダルを踏み倒すことにする。
 しばらく走っていると後方から赤いジャージのペアがいいペースで駆け抜けてきたので最後尾に連結。しばらくお尻で様子を見ていたのだが、二人の走りにはレベル差があるようなので、僕がローテに参加しても迷惑にはならないだろうと判断し、先頭にでる。隊列にもう一人加わって4人編成となったが、直ぐに一人脱落してしまったので結局メンツが変わった3人で集団を追いかけていく、つもりになっている。
 風を仲間にしての走りは最高だ。追い風区域でのスピードは50kmを超え、ホント風になったような気分。 
 もし関門に引っかかったとしても、この感覚を体感できただけで充分、何も思い残すことはない、なんて思いながら、美しい海岸線をガシガシ進んでいく。

 そうこうしながら与那を左折。登り区間のスタートだ。
 これまで隊列を組んでいた仲間?とは登りでのレベル差が激しく、とてもじゃないがついていけない。ちょっと悲しいけど、これからの健闘をお互いに誓い合って連結解除。マイペースでダムを目指すことにする。(後でリザルトを見たら一人は20位近くまで順位を上げていた)
 この厳しい坂で何人か抜き、何十人もの選手に抜かれる。
 ただ、僕はもう大人なので抜かれても挑発されてもムキにはならず淡々と坂を昇る。登りでは無理をせず平地と下りをぶっ飛ばすというのが基本コンセプトなのだ。

 何んとか無難に登りをこなしダム前のCPを通過すると今後はこれも激しい下りだ。全身の脂肪をフルに活用してかっ飛ばす。僕は横風が苦手でこいつを受けると怖くて走れなくなるのだが、幸い下り道中はずっとフォローの風が吹いていたので、目一杯体重を乗せた走りを堪能することが出来た。ここで転倒したら間違いなく死ぬぞ!っていう恐怖感を何度か覚えたのも事実だが・・・。
 後は暫く平地が続くのかと思いきや、小刻みなアップダウンがこれでもかというくらいに続くのでウンザリしてくる。下りで思いっきりスピードに乗って、勢いだけで登りを乗り切りたいと思うのだが現実はそう甘くはない。リズムが合いそうな選手と平地で隊列を組み坂道で切り離されるというようなことを何回か繰り返していくうちに、だんだん疲労が溜まってくる。関門に引っかかることはないだろうと思っていたのだが、ジワジワと順位が下がってきたのでちょっと心配になり、列車を組んだ選手にどうだろうかと尋ねてみる。
 残り24kmを1時間30で走れば大丈夫です。
 じゃあ問題ないよね。
 そう思います。
 相当足に来てるけど何んとかなりそうだな、と一息ついていたところで、風を切る轟音とともに130kmの先頭集団がやってきた。ジロ期待の若手選手も三味線をかましながら余裕の走りを決めている。大集団だとペダルを回さなくても進んでいくからラクだな、このまま一緒に走っていきたいな、などと邪なことを考えていたのもつかの間、軽い丘で集団から脱落してしまう。もう目一杯なのだ。
 そして、いよいよ源河の3段坂へ。完全なグローキー状態で、ちょっとした傾斜にも体が拒絶反応を示すようになっていたので、3段の上りというのは一体どこをさしているのか皆目見当がつかないのだが、泣きたくなるくらいに登りが続く。大した傾斜ではないのだけど、完全に足を使い切ってしまい、とにかく足を付けずに頑張ろうということだけ考えて足を回す。しかし、途中でスピードは10kmを切ってしまい、後続選手に牛蒡抜きにされる。抜かれるたびに力を吸い取られていくようだ。
 途中何度も道端のおじさんやおばさんから、
 登りはそこでおしまいだ!後に続く下りは気持ちいいぞ!
 なんて声をかけて貰ったのだが、何時まで経っても登りが終わらないので、ますます気が滅入ってくる。
 どうせなら慰めより事実を語って欲しいな、なんて思っていたら突然視界が開ける。ついにやったぞと思ってペダルを踏み込もうとすると、今度は脹脛がピクピク引きつってくるではないか。
 高い金払ってんのに、何で次から次へと災難が続くんだよ、なんて、ブルース・ウィルスばりのボヤキ節が始まってしまう。本当やってらんないぜ、といいながら軽いギアをくるくる回して痙攣が消えるのを待っていると、ジロのユニフォームが僕をパスしていった。GIROのアイアンマンだ。
 うまく食いつければ何とかゴールまでいけるかも知れない。
 痙攣が怖いけど覚悟を決めて重いギアを入れる。最後の勝負と思い必死に追いかけて何んとか連結に成功。ペースに乗ってしまうと足を休める余裕も出てきて一段落。 ほんの暫くの間ではあったが、アイアンマンのお尻を拝みながら体力の回復に努める。しかし、彼が後ろから来た200km出場選手に乗り換えようとペースを上げた瞬間に全く反応できず連結解除。それでも、随分足の状態がよくなったので感謝感謝である。
 最後の数キロは追い風に後押しされて目一杯踏み込んでみる。130や200kmの選手をぶち抜くのは最高に気持ちいい。ゴール付近の沿道には凄い人垣でスターになったような気分。途上での苦痛が一瞬にして吹っ飛んでいくようだ。
 ゴールの瞬間の開放感は何ともいえない。ただもう、チョー最高!

 先頭からは30分以上遅れてのゴールで、冷静に見ればただのお客さんに過ぎないのだけど、それでも85kmの起伏に富んだ道中で僕なりのドラマがあり、感動もあった。これから1年間地道に練習すれば先頭集団を走れる・・・とはとても思えないけど、それでも来年もここで走りたいと思う。一年間の締めくくりには厳しくも暖かいこのレースこそが相応しいと勝手に決めてしまったのである。
 順位なんか関係ない。ツールド沖縄は最高だ!