ベンジャミン・バトン

 老いに対する漠然とした不安を感じるような歳になったからであろうか、僕の感性を優しく惑わす作品であった。そして、切ない。
 映像の美しさに惹かれる。自然な光の使い方が上手く柔らかなコントラストが美しい作品だ。時間が穏やかに流れるので、日常の煩雑さから開放されるようで心地よい。印象的な出来事を重ね合わせての約3時間は決して長くなかった。いや、僕にとっては、何の苦痛も感じない素晴らしく心地よい時間であった。
 遡る時計とともに人生を戻していく。老いと付き合うことから人生が始まり壮年、青年そして少年を経て幼児へと戻っていくのだが、そこでの僕が感じた一つの教訓は。老いとともに人間が豊かになるわけではない、大切なことはその時々に何を経験し何を感じるかということだ。いくつもの教訓と印象的な言葉そして映像が心に残る作品である。もう、ベタほめである。
 45歳で交わったあと、女性は老い衰え男は若く活力を漲らせていくなんて、とても耐えられないし想像すらしたくない。子どもが成熟していく中で自分が幼児性を増し人生の早い時期に関係が逆転するなんて残酷である。10代の肉体に戻ったブラピが成長した子どもを見つめ、60代?になり肉体的に老いたex妻を抱き別れるシーンは何とも物悲しい。そうしたシーンに触れながら、嫁さんと同じ時間を共有しともに老いていくこと、そして、例えば、乾いた指先に触れながら、その老いを慈しむことが出来る素晴らしさを感じたりするのである。
 ブラピの特殊メイクには舌を巻いたがオスカーの演技ではないと思う。養母クイニー役のタラジPヘンソンの慈愛溢れる演技が心にのこり、マイク船長を演じたジャレット・ハレスの演技が素晴らしかった。俺はアーティストになったのだ!といって上半身をはだけ自分で入れた刺青を誇らしげに見せたシーンは一生忘れないかもしれない。でも、船長だ、という無邪気で残酷なベンジャミンの言葉とともに・・・。
 僕がまだ20歳前後だったら、この映画に何も感じなかったかもしれない。そうすると、歳を取るのも悪くないな、なんて事を考えてみたりもする。そして、この文章を書いていたら、なぜか、ジャクソンブラウンのTime The Conquerorが聞きたくなった。何を唐突にと言われるかもしれないが、僕の中ではこれは必然的な流れなのである。もしも、この気持ちを分かってくれる人がいるのならば、酒とともに夜を徹して語り合いたいものである。