至上の愛BYウィントンマルサリス

 都会的で洒脱な歌姫ノラジョーンズがウィーリーネルソンの子どもであることをカミングアウトしてthe Little Williesを結成したときには、ニヤリとほくそ笑み、僕の兄妹が又一人増えた、などと勝手なことを言っていた。何を隠そう僕もウィーリーの子どもである。そのウィーリー・ネルソンがウィントン・マルサリスと競演したDVDを見つけたので即座に購入したのだが、ウィーリーネルソンの横で嬉々としながらつまらないトランペットを吹いているマルサリスを見ていて複雑な気分になった。
 若い頃のマルサリスは正確で美しいが柔軟性が欠落した退屈な演奏を繰り返していたため、彼をめぐって賛否両論入り乱れた論争が繰り広げられ、特に古くからのジャズファンにケチョンケチョンに叩かれていた。僕は世代的にリアルタイムでモダン・ジャズの熱狂に触れることが出来なかったため、歴史的から断絶したところからマイルスやコルトレーンを追いかけたので、ジャズを一つの確立した黒人芸術と考え、それを継承していきたいというマルサリスの思いが何となく分かるような気がしたので、一時期までは同世代のスター・マルサリスを徹底的に擁護する側に回っていた。しかし、彼の保守的教条主義的思想は歳を重ねるとともに激しさをまし、ブランフォードがスティングと競演した際に、兄は悪魔に魂を売った・・・などという迷言を吐くに至ったので、これには、流石に付いていけず彼のシンパをやめることとした。ただ、彼は間違いなく超一流のトランペッターであり、彼の演奏を聴いているとシビれ引き込まれることがあるので心は穏やかではない。
 ウィーリーとの競演を見ていて、マルサリスにはこんな風景がお似合いだよな、と思いながら、それを強く否定する気持ちも湧いてくる。それはマルサリスが残した特別な演奏=新宿ピットインでのエルヴィンジョーンズとの競演=があるからだ、というわけで久し振りにELVIN JONES "SPECIAL QUANTET"TRIBUTE TO JOHN COLTRANEを聴いてみることにした。
 マルサリスはジャズ・ジャイアントに対する憧憬が露骨に出るタイプで、伝説的なアーティストと一緒に演奏すると、親や先生に褒めて貰いたい子どもみたいに、無邪気に一生懸命演奏するのが微笑ましい。だから、僕はアートブレーキーに育てられていたころのマイルスが好きなのだが、このエルビンとの競演はマルサリスのジャズの巨人に対する信頼と尊敬の念が完璧な形でプラスに働き、マルサリスが自分の枠から抜け出し無防備な姿をさらけ出した特別な作品である。
 TORIBUTE TO COLTRANEということで何と”至上の愛”を全編ぶっとうしで演じたのだが、エルビンにガンガン煽られたマルサリスが熱く熱く、さらに熱く燃え上がっていく。また、客の反応に気を良くして、もっと喜ばせてやろうと新たなフレーズを重ねていくところも、面白い。至上の愛のオリジナルの形はきちんと残した上で(これが出来るだけでも凄いのだが・・・)吹いて吹いて吹きまくり圧倒的な存在感を示してくれた47分は、信じられないくらいにあっという間に過ぎてしまい、僕は昼飯も食わずに2度3度とこの演奏を繰り返して聴いてしまった。ほんと至高の時間である。