居酒屋兆次

 日本には健さんがいる。
 学生時代に俺もこんなオトコになりたいと思い憧れた健さんの駅=ステショーン=を見直して、やっぱり泣いてしまった。この歳になったから分かる言葉や仕草、機微もある。倍賞千恵子の滲み出てくるような可愛らしさなんてどうだろう。
 ヘタな下手な役者が演じたら観るに耐えないであろうベタな脚本なのだが、これだけの役者が揃うと話が別だ。吹雪く大晦日、暖簾を下ろした小料理屋で倍賞千恵子の肩を抱きながら舟唄を聴くシーンなんて、日本人情緒のきわみである。
 人生に折り目を入れてモツ焼屋を始めた健さんが無骨で不器用な男の本当の優しさって奴を背中で演じる居酒屋兆次もヤバイ映画だ。相手の気持ちを無言で感じ抱え込む生き様に改めて惚れてしまうが、こんなオトコになりたいと思うが、どれだけ背伸びをしても僕には無理だ。
 言うまでも無く健さんは体で演じる役者であるが、それを支えるために厳しく自分を律し地道な鍛錬を続けていることが服の上からも伝わってくる。年齢に相応しい少し疲れたような歩き方も好きだが、ピシと筋を背筋を通して走る姿が美しくて僕は好きだ。
 加藤登紀子も良かったが、やはり大原麗子の魅力に参ってしまう。あの大きな瞳で見つめられ、甘えるようなハスキーボイスで”少し愛して、長〜く愛して”なんていわれたら・・・人生を誤ってしまうかもしれない。