キースジャレット・ソロ at 渋谷オーチャード

 テニスラケットを抱えトートバックの中には村上春樹。ジャズが流れる洒落たバーに入って口説き文句のつもりでキースのケルンコンサートって最高だよね?なんて話してる光景があちこちで見られた僕の大学時代。
 スイングしないキースのピアノは好みじゃないね、なんて言って僕は斜に構えていたのだがスタンダーズは特別だった。どこかで置きざりにされてしまいそうな、僕のような飛躍できない感性を不安を感じさせるソロと違い、キースの天才に名曲という枠組みがはめられているので安して心を委ねられたのが救いだった。ゲイリーピコックとジャックディジョネットの出しゃばらない柔らかなサポートも素敵だったなぁ。
 最近はあまりジャズを聴かないので、現在進行形で何が起きているかもさっぱり分からないのだが、昨年スタンダーズの来日コンサートがあることを偶然知り、初めて彼の生音に触れた。生で聴く彼の音世界は想像以上に輪郭がしっかりしていて、その中で紡ぎ出されるメロディの美しさにただ惹かれ、彼が日本に戻ってくる機会があったら必ず席を取ろうと心に決めていたのだが(最初で最後になるのかもしれないななんてこともぼんやり考えていた)、思いのほか早くその機会がやってきて、幸運にも、キースを等身大で感じることが出来る17列目の席が入手することが出来た。
 あのケルンコンサートは75年の作品だから、もう35年を超える年月が経っているんだよね。その歳月の流れでようやくキースの感性についていくことが出来るようになったのか、あるいはキースの感性から角が取れてきたこともあるのだろう、リラックスして彼の旋律をそのまま感じるままに受け入れることが出来た。3回もアンコールに応えてくれて、最後にはSomeday My Prince Will Comeまでサービスしてくれたので、心の芯まで暖まるような幸せな気分に満たされたのであった。